高齢出産のその先で、更年期と付き合い直す

更年期とゆらぎ

20代の頃、親友からよく言われていました。
「早く産みなよ〜。相手なんて誰でもいいんだからさ」と 笑。
結局、私が出産したのは39歳。
無痛分娩だったこともあり、出産自体は4時間の安産でした。
出産当日の夜にはデイルームでドクターや新米ママさんたちとお茶をし、今でも思い出すと少し不思議なくらい、穏やかで楽しい時間でした。

けれど、高齢で産むということは、その後の長い子育て期間を、年齢を重ねた体で走り続けるということでもあります。
正直なところ、その現実を私は少し甘く見ていました。

子どもが1歳のとき、夫の転勤で初めての土地へ。
知り合いのいない場所で、幼い子どもを連れて人間関係を一から築き、
慣れない手続きをこなす日々。
女性ホルモンの変化も重なり、心も体も不安定でした。

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当時はピラティス歴4年目。
通える環境ではなかったため、記憶を頼りに毎日自主練を続けていました。資格もなく、体系的に学んでいたわけでもありません。
ただ呼吸をして、体を動かす。
それだけが、自分を保つ手段だったように思います。

人付き合いも、正直楽ではありませんでした。
すでにできあがったコミュニティの中で、年齢が上であることに気後れしながら過ごしていた時期です。

そんな中で、発酵生活だけは静かに深まっていきました。
味噌を仕込み、米糀を探し、麹調味料を作る。
甘酒を試し、粒あんを最初から手作りする。
パン酵母も、途切れさせずに継ぎ足していました。
当時はただの趣味。
まさかこれが、後の仕事につながるとは思ってもいませんでした。

今振り返ると、あの頃の地道なピラティスと発酵の手仕事がなければ、今の私はいない。そう思います。
孤独だった時間も、無駄ではなかったのかもしれません。

高齢出産には確かにハードルがあります。
更年期と子育てが重なることも、決して楽ではありません。
でも、まだ言葉を話さない子どもと過ごす時間の中でも、自分のためにできることは、確かにありました。

プレ更年期で心身の調子がいまひとつでも、2歳の息子と一緒にバッタを追いかけ、車の下に潜り込んでいた日々。
「私は何をしているんだろう」と思った瞬間も、今では大切な思い出です。

更年期の子育ては、いい意味で人目を気にしなくなるのかもしれません。

そしてその分、自分自身とも、少しずつ折り合いをつけられるようになる。
そんなことを、今は感じています。


では、今の私はどうやって更年期と付き合っているのか。

正直に言えば、「うまく付き合えている」と胸を張って言えるほどではありません。
ただ、昔のように無理に元気なふりをしたり、「ちゃんとしなきゃ」と自分を追い込むことは、ほとんどなくなりました。

体調が落ちる前兆は、だいたい決まっています。
眠りが浅くなる、呼吸が浅くなる、思考がせわしなくなる。
そんなときは、「気合で乗り切る」のではなく、早めにブレーキを踏む。
これが、今の私なりの付き合い方です。

ピラティスも、以前のように「効かせる」ことが目的ではありません。
今日はどこが重いのか、どこが緊張しているのかを確認する時間。
動ける日は少ししっかり、しんどい日は呼吸だけ。
それでいい、と自分を許せるようになりました。

発酵も同じです。
頑張って何種類も作ることはしていません。
味噌、糀調味料、梅干し。
自分の体が「これなら受け取れる」と感じるものを、淡々と続ける。

そしてもうひとつ、大きく変わったのは人との距離感です。

全部に応えなくていい。
全部わかってもらおうとしなくていい。
疲れているときは、距離を置いてもいい。
そう思えるようになってから、気持ちはずいぶん楽になりました。

高齢出産、更年期、子育て。
どれも単体でも大変なのに、同時にやってくると正直しんどい。
でも、だからこそ「自分を整える術」を身につける時間でもあったのだと思います。

今は、完璧を目指していません。
調子のいい日も悪い日も含めて、自分。
その日の体と相談しながら、呼吸をして、食べて、眠る。
それだけで、十分合格。

更年期は、戦うものではなく、
「これからの自分と付き合い直す時間」なのかもしれません。

ではまた。
今日もありがとうございました^^

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