最初の二口が美味しさのピーク。
最近、ずっと感じていることがあります。
それは「どんな食べ物でも、いちばん美味しいのは最初の二口だな」ということ。
ご飯でもおやつでも、最初の一口目は「おいしい!」と心から感じて、二口目まではその余韻が続く。でも、それ以降は……なんとなく口に運んでいるだけ。
惰性とまでは言わないけれど、「そこにあるから食べる」という感覚に近い気がします。
これに気づいてから、ふと思いました。
――私、毎日ちょっと食べすぎているんじゃない?と。
子どもと一緒に食事をしていると、必要な栄養をちゃんと摂っているなと感じます。成長期の体に合わせて、野菜やたんぱく質、炭水化物をバランスよく。油の摂りすぎにも気をつけて。私もそのつもりで献立を考えているので、余計にそう思うのかもしれません。
遊びの日や特別な日はもちろん例外。
でも普段の食事では「体を作るために食べる」という意識がしっかりしている。子どもの食卓には、ちゃんと意味があるんですよね。
じゃあ、私はどうだろう。
大人になった今、必要な栄養って何なんだろう?
生きるためには食べなきゃいけないけれど、最近の私は「お腹を満たすため」より「なんとなく食べる」が多い気がします。
仕事の合間にお菓子をつまんだり、PCを見ながら口寂しくて何かを食べたり。
「美味しい」と感じる瞬間は確かにあるけれど、その感動はすぐに薄れてしまう。なのに、気づくと完食している。
お腹もいっぱい、心もそんなに満たされていない。
そんな食べ方をしていることに、ちょっとモヤモヤする日があります。
今日も子どもと一緒にクレープを作りました。
トッピングはあんこ、ラズベリージャム、ホイップクリーム、チョコソース……と、いろいろ並べて。
最初の一口、あんことラズベリージャムを一緒に食べた瞬間、「うまっ!」と思いました。二口目、クリームとジャムの組み合わせでも「やっぱりおいしい!」と感じた。
でも、そこまで。
三口目を食べる頃にはもう、最初の感動が消えている。甘さも重く感じてきて、「ああ、もう十分かも」と思ってしまう。
昔は「もっと食べたい」と思っていたのに、今は「もうこれくらいでいい」と思う。
それが年齢のせいなのか、味覚の変化なのか、自分でもよくわかりません。でも、少なくとも“美味しさ”って、食べ終わるまでずっと続くものではないんですよね。ほんの最初の数口にギュッと詰まっている。
そう思うと、食べることの意味も少し変わってきます。
「もっと食べたい」よりも、「この瞬間を味わいたい」。
お腹いっぱいよりも、心がちょっと満たされるくらいで十分。
そんなふうに思えるようになったら、食べすぎも減るし、心も軽くなれる気がします。
最初の二口の“おいしい”を丁寧に感じる。
それで十分、幸せな食卓なのかもしれません。



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