不完全を美しいと思えるまで

更年期とゆらぎ

ツラツラと書いてみます。


不完全を美しいと思えるまで〜

「どうしてできないんだろう」と、子どもを見て思ったことがある。

🌸おすすめウェルネスアイテム

たとえば、スポーツの試合。頑張ってる。
でも正直、うまくない。
こっちは応援のつもりで見ているはずなのに、なぜかモヤモヤ。
「もっとこうすればいいのに」「勇気を出せばできるのに」——そう思うのは、たぶん、過去の自分がいつも「できること」を求められていたから。
周りからも、そして自分でも自分にそう求めていた。

でも、夫は違う。「あ、”まだ”できないんだね」と言うだけ。
『まだ』か・・・そうだよね。
その姿勢に、正直、救われた。

子育てを通して、ようやく私はきちんと気づき始めた。
「完璧」って、息苦しい。
「不完全」だからこそ、その人らしさがにじみ出るし、育ちゆくものがあるんじゃないか。


ピラティスの指導をしていると、よく出会う。
頑張りすぎる人。できない自分を責める人。
鏡に映る自分の動きにOKが出せない人。
まるで自分を見ているよう。

でも、人の体って本当に面白くて、「きれいに見せよう」と頑張るよりも、呼吸や内側の動きに意識を向けたときの方が、ぐっと美しくなることが多い。

歪みがある。左右差がある。固い部分も、抜けやすい部分もある。
それら全部ひっくるめて、「今のあなたの体」であって、完璧じゃないからこそ、未来に向かって伸びていく余地がある。

不完全なものは、美しい。


発酵食品も、まさに不完全の美しさを体現している。
味噌も、ぬか漬けも、自家製酵母も、梅干しも(梅干しは発酵ではないけれど)——手間も時間もかかるし、温度や湿度、材料によって日々変化する。
時にはカビも生えるし、理想の味にならないこともある。

だけど、不思議と飽きない。
毎日、ちょっとずつ違う。
「失敗も含めて可愛い」と思えるようになると、すごく愛着がわく。

私は完璧なレシピ通りには作れないし(勝手にアレンジしちゃう)、たぶんこれからも発酵の失敗はする。
でも、やりながら覚えていけばいい。
その経験が、自分だけの「手」と「舌」と「感覚」を育ててくれる。


年齢を重ねるごとに、若い頃に持っていた“理想像”とのズレに落ちこむこともある。
肌のハリ、髪のボリューム、体型の変化、思考のスピード。
だけど「老けていくこと」=「劣化」とは思わない。

変わっていくからこそ、磨けるものがある。
たとえば、物事の受け取り方や、人との距離感、頑張りすぎないバランス感覚。

これまでの私は、「ちゃんとしなきゃ」「人に迷惑をかけないように」「期待に応えなきゃ」と自分にムチを打ってきた。
でも最近は、「できないときもあるよね」「まぁいっか」って思える余裕も少しずつ育ってきた気がする。


完璧を目指さなくていい。
不完全な今を、否定しなくていい。
そんなふうに思えるようになってからの方が、私は生きやすくなった。

子どもの成長を見守る目線も、
ピラティスのレッスンに向かう姿勢も、
料理の失敗を笑う余裕も、
全部、「不完全を美しいと思える」ようになって、少しずつ変わった。

そして何より、
「今の私、悪くないな」って思える瞬間が増えた。

これからも、うまくいかないことはきっとある。
でも、子育ても、体も、人生も、焦らず、育てていけばいい。
時間とともに変わっていくものに、優しくなっていきたいな、と思うこの頃です。

毎日暑いからかな・・・元気を出したくて書いてみました。
ではまた^^

コメント

スポンサーリンク

タニタオンラインショップ
オートミール×おからのグルテンフリークッキー【フルーツ】
タイトルとURLをコピーしました