今をどう生きるかで、過去の意味を変えていくことができる。私が拠り所にしている言葉です。
子どもの機嫌が悪い。すぐにむくれるし一度落ちると気持ちが戻らない。はぁ・・・
中二病って何?と息子。
どうしたの?あなたまだ小2でしょ。
それどこで聞いたの?トホホ・・・
脳みそと体の不均衡だと思うよ、と私。
ふぅん、と息子。
ん?もしかして機嫌が悪いのは私?
今不均衡かも私。
脳みそと体のバランスが悪いんだね。
調子が悪い時は、なんとなくそこら辺の違和感や原因がわかっているのに対処しにくい。
要は丁寧に向き合うことがめんどくさいのかも。だからうやむやにして子供と喧嘩したりしちゃうんだね。
建設は死闘なのに破壊は一瞬でさ。
そんな大袈裟なと言いたいところだけど、我が家の場合は息子が私よりもちょっぴり大人だから破壊しないのかもしれない。
または、地域に割と家族のことを知ってもらっているので、ガス抜きがうまいことできているのがセーフティーネットになっているのかも。
家庭に新しい風を入れるってとても大切なことだ。私自身がピラティスや発酵作りでガス抜きできているのと同じように、家族って言う塊もほぐすための風が必要だ。私の実家がそうだった。
少し暗い話になりますよ。お気をつけて。
職人の父はあまりお金儲けが上手くなく、いつも貧乏だった。
田舎で周りも似たようなものだったと思うけれど、姉が精神障がいなこともあり、家では対応に苦慮することもあった。
私が幼い頃、両親は喧嘩は頑なにしないと決めていたらしく、諍いは見たことがない。
だけど、いつも緊張していた。
姉がいつ発作を起こすか知れなかったからだ。
発作のたびに姉の一部、今思うと脳の一部が少しずつ壊れていく感覚を傍で見て感じていた。
発作の兆候に気づくのはいつも末っ子の私。割れ物があれば避けて姉がケガしないようにした。
親は感謝をしてくれていたから、自分は良いことをしているのだと思っていた。
結婚をして夫の実家に行くようになり驚いたことがある。
家庭ってこんなに静かなの?ということ。
同じ空間でそれぞれ違うことをしていて良い。
それでいて干渉し合うことなく自由。
家族同士お互いを見張ったり、注意しあわなくて良い関係。それが普通だと気づいたとき、うちは違ったんだと思った。
私には反抗期がなかった。たぶん。
相応の時期に思春期の波も表に出なかった。
環境が原因かもしれないけど、私の性格もそういう傾向だったんだろうなぁ。
今、目の前の自分の息子。
素直に感情を出せることがうらやましいのだ。
まぶしくて仕方ない。
言語化できそうで出来なかった思い。
文字や言葉にすると受け止めきれないと思ってきたけど、逆だったんですね。
少しずつスッキリするもんね。
これからもちょいちょい書くことあるかもしれません。
お付き合いありがとうございました。

コメント