母の終活

母が終活という名の断捨離を始めた。
ついこないだ実家に顔を出したときに聞いた。
一緒に住んでいる姉はあまり縁起の良いものではないと終活そのものを否定している様子だった。

もともと私は末っ子でありながら母の最期を見るのは自分かなと思っていた。長姉は遠方、2番めの姉は疾患もちだから。
でも当の母は実家から離れる気もないようだし、どうにでもなると思っている様子。
だけど、物持ちの良さは子どもたちに負担だろうと断捨離を決意したのだった。

面と向かってよくよく聞くと、私が欲しかったものまで処分している様子。
これには正直驚いた。
茶わん蒸しの器やら、法事で親戚がたくさん集まるときに出していたテーブル、私の幼少期の思い出の品。
『捨てとかないとあんたたちが困るでしょ』
思い切りの良さは年相応ではないみたい。

顔を見たとき考えていたより元気そうで安心したが、それは思いっきり捨てたことによる『さっぱりした顔』だったみたいだ。

『これからは捨てる前に思い出したら連絡して』
『出来たらで良いからさ』

そう伝えて我が家に帰ってきた。

何度も何度も同じ思い出話をしてきた母は、もう物は必要なくなったかのように見える。
私たちの幼少期の思い出話を何度も伝え続けることで、ものそれ自体は思い出話の中に昇華されていく。

この先、遠距離介護や姉の老後も具体的な生活として視野に入ってきた。
考え始めるときりがないけれど一個ずつ淡々とこなしていくか。

ではまた。
お読みいただきありがとうございました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました