病気をしないことが健康なわけじゃない。
わかっているつもりだけれど、親の世代や自分自身も年齢を重ねて、大病をした身内や友人がいると心を寄せることは出来るが、自分がそうなったら原因探しや負けを認めざるを得ない感情に陥る気がする。
正直、いやだなと思ってしまう。
生老病死。
生きていれば必ず訪れる。
でも生きていること自体に価値があるとも実感する。
子どもを産んで、なくしたくない人生が自分に手に入り、生きているだけでよい、と本気で思うこともしょっちゅう。
生きることから逃れられないなら前向きに胸を張って生きよう。
体の違和感を放っておかないで適切に病院にかかることは大事なこと。
冷静に自分の体と対話して、感情的にならないこと。
慢心も過信も臆病さも余計だ。
大切なことは、ほどほど。
食も運動も6割を目指すこと。
子どもの担任の先生が言っていた。
『みんな失敗を恐れます。』
だから失敗を受け入れやすくするための工夫や仕掛けを色々考えています、と。
私自身も子どもが4歳の時に『お母さんは失敗しないでしょ!』と言われた経験を持つ。
それまで子育てする上で一つ大事にしていたテーマがありました。
『どんどん失敗しよう!』ってこと。
遊びの中でうまくできなかったとき、かんしゃくを起こして大変なとき、失敗って良い事なんだよ。そうすれば成功に近づくよ、みたいなことを言って励ましていた時期がある。
もちろんその通りだと思っているし、子ども自身も楽に捉えてくれると思った・・・ら、先の言葉が返ってきた。
『あぁ、私は自分の失敗を子供に見せていないんだな・・・』とすごく反省した出来事だった。
それからはいつもの通常運転に変わりはないけれど、細かい失敗も子どもと日常的に共有するように意識した。
ハンバーグを焦がした。
笑いすぎておなら出っちゃった。
感情的に怒ってしまった。などなど
素直に謝ることも多くなった。
本当に学びになった経験だった。
小学校に入るころには『お母さんはほんとうにやらかすんだからさぁ』とため息をついて人に話すぐらいになっていた。
良い傾向だなとホッとしたのを覚えている。
人の失敗を許して、自分のことも、まあこんな時もあるよね、しょうがないわ、とスルー出来たらだいぶ楽に生きられる、私はそう思っている。
だから、学校の先生に失敗を恐れる子供たちの話を聞いたとき。ぞわっとしたのだ。
冒頭の話題に戻って。
もしかして、病気することも人生の失敗ってことなのかな。と考えたりする。
特定の病気にかかりやすい体質の人がいる一方で、賢い人は節制して病気を遠ざける生活習慣を維持できる、とする考え方も根強い。
体や心の調子を崩してしまう人は負けなのか。
こんな疑問がわいてくる。
失敗が許されにくい雰囲気が隅々にまで広がって苦しく感じることもしばしば。
私がやっていることはピラティスと発酵食品。
褒めてくれる人もいるけれど、やっていることは地道また地味の連続。
でもだからこそ続けていけるし続ける価値があると信じている。
失敗しない生き方よりも、堂々とちょこちょこナイスな失敗を繰り返している方がずっとにぎやかで生きやすい。はず。
わたしはそっちを選びたいな。といつもそう思っています。
ちょっぴり完璧主義な息子氏が、これから七転び八起きして転がって生きてゆくのを私も『ハラハラ』ではなく『ワクワク』して見守りたい、そんな気持ちです。
ではまた。
今日もありがとうございました!

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